突き落とす

2013年7月10日 日常
背中を押すというより突き落とした

ようやくみやぴぃがパソコンを買い換えた
去年から「パソコンがもうだめだ」といいながら放置するこの男
SKYPEのパスワードは忘れるわMIKOGOは重くて使えないなどとおじいちゃんのようなことをのたまう
さっさと買い換えろ、と言ってから半年以上過ぎて「こいつはもう背中を蹴っ飛ばさなきゃ無理」と判断
「保険金でるの確定してるんだから金貸してやる、さっさと買い換えろ」って言ったらようやく行動しおった
そんでもって接続やらインストールに付き合ってようやくスッキリ
SKYPEもアカウント取り直して開通、やれやれ

今週は金曜日が会社の特休なので4連休、息子はお泊りにいくんで自由だ

今日のお題
長考の是非
これについては賛否両論あって結論はあえて求めないが自分の考えとスタンス
極論から入ると「くだらない長考するくらいならプレイしてミスれ」
前提として雑にプレイしろ、という訳ではない
基本的にはある状況下において自分が選択しうるプレイングの通り数はその個人の実力に比例する
したがって単純に言えば上手いプレイヤーほど引き出しが多い
さらにそういうプレイヤーは経験則と思考速度も有しているので取捨選択が早い
つまり長考は選択肢をあまり有していないプレイヤーがその中で選択する処理速度が遅い場合が極めて多い
例外は盤面が複雑であったり多数の同時誘発処理などが起こる場合の検証である
しかしこういった場面は限定的であり、双方が沈思黙考する場面になりがちなのでお互いに気になることは少ない
問題は考える必要のない場所で手を止める行為だ、エンド前やドロー前に手が止まるのは基本的には問題がある
プレイミスをしたとき「あそこでもう少し考えておけば」と後悔するのは8割方間違いである
これは回答を示されたときにすぐわかるのに試験中に思い出せないのと同じで基礎力がそもそも不足しているのである
足りてないのは準備段階での反省やケーススタディの総量である
人間はミスを犯す、これは必然でもある
したがって反省して次回のミスを防ぐ行為が重要なのである
前述した思考時間の不足を訴えるタイプはそのミスをそこで片付けてしまう
「あそこで良く考えていればミスしなかった」
そうではない、それを解析して自分の引き出しを広くすることなくして次の正念場で正解を導き出すことなど到底不可能であることに気づくべきである
だからあえて極端な言い方をすると「プレイが遅いのはそれ自体が下手である証拠」となる
無論これは私自身にも該当する、だからこそ痛感するのは「そのときに選べなかった選択肢を失念するのは実力不足以外の何者でもない」ということ
カジュアルマジックをするぶんにはこの思考はさほど必要でないがトーナメントマジックにおいては必須であると考える
ミスというものは後から考えたり傍目でみてると馬鹿馬鹿しいものも多い
しかし交通事故なんかにしても要因は大してかわらないのだ、目の前のものに気づけないという点においてそれはなんらかわりがない
総括しよう
「的確な選択肢を捉える」
「素早く検証し、プレイする」
「反省し、次回に生かす」

基本的に長考はどうとっても「善」ではない
処理の複雑さで遅くなったとしてもそれはルールを熟知しない自己責任だし
まして正しいプレイングを選択する為なら長考してもいいというのは独善でしかない
MOの時間が個別に設定されている意味を考えれば当然である

”良い長考など無い、止むを得ない長考はあるがそれも可能な限りなくすべきと自覚しておくもの”
(ただしトーナメントマジックに限る)

子供のころから囲碁であったり野球であったりいろいろな勝負事を好んでやってきた
しかしミスというものは決してなくなることはなかった、結局それを起こりにくくするのはたゆまぬ努力と反省によるフィードバックであって過去にもどってその場面にたっても
結局同じ過ちを犯してしまうのは間違いない、だがそこで失敗した経験を次に生かして間違いを繰り返さないことは出来る




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